中欧 スケッチブック 3

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ウィーンからチェスキー・クロムロフに向うバスの中で(0927)
9月27日、最後の都市・プラハに向う。8時ごろホテルを出発してチェスキー・クルムロフに着いたのが正午頃。バスの中からみる風景は実にきれいだ。バスを止めてスケッチでもすれば最高だろうが、バスはどんどんと目的地に向って走るだけ。
あとからこの絵と写真を照合してみると結構正しく描いているのに驚いた。

ウィーンからチェスキー・クルムロフに向うバスの中で(0927)

チェスキー・クルムロフに到着
絵の下に12:15とメモしているので12時ごろに到着したようだ。googleでウィーンからここまでの時間を調べると3時間15分、263kmとある。この街は世界遺産に登録されている街で、バスを降りたとたん、絵になる街だなあと思った。

チェスキー・クルムロフのレストランで
上に塔が描かれ右下に料理のメモを描いているところをみると描いている途中で集合ということになったようだ。

チェスキー・クルムロフ-2
1時間ばかりの食事の時間がなんだか無駄な時間のような気持ちになる。この絵はレストランからお城に登る途中描いたもの。

世界遺産チェスキー・クルムロフの地図
ごく短い時間の滞在だったのが残念


チェスキー・クルムロフ-3

チェスキー・クルムロフ-4

チェスキー・クルムロフ-5
右上の絵が4枚目で、橋の上からのこの絵がここでの最後の絵。
F4スケッチブックを縦にして上から描き始めちゃんと橋と広場が画面に納まったときにはほっとした。まわりの人が僕の速写にびっくりしていたが、メモをみると、4枚目の完了時刻が14:57、この絵の完了時刻が15:13となっているので、かなりあわてて描いたのだろう。


チェスキー・クルムロフ-6
帰宅してから写真をもとに、昨日載せた絵と同じ場所からの絵をF10号に描いてみた。こういうことはあまりしないが、ここはちゃんと残しておきたいと思い描いてみた。

プラハのホテル DUO 218号室
地下鉄ルート図も貼っている。ホテルから中心部に出るには2度乗り換えることになるが、駅の傍にあり結構便利なホテルだった。
風呂の断面図を描いている。西欧の風呂は日本の利用の仕方と違うためか時々戸惑うものだがこのホテルもその類のものだった。とどういう利用するのか当初分からず2日目にやっと分かったが、何とも不思議で使いづらい風呂だ

プラハ カレル橋 090928
この旅行も残り2日間となる。9月28日は午前中はプラハ城などを見て午後からはボヘミアの古城見学というスケジュールだ。この絵はプラハ城をみたあとこのカレル橋を通って旧市民広場行く途中スケッチしたもの。橋の向こうに見えるのがプラハ城だ。
実は橋は道路など修復中でこういうようには見えないが修復して描いておいた。

黄金の小路
プラハ城内の「黄金の小路」と呼ばれている通り

昼食後バスでつれて行かれたボヘミアの古城・メルニック城 090928
実は教会のガイド説明には少し嫌気がさしてこの教会の中には入らずスケッチをした。美しいのは美しいが正直な気持ちプラハの中心部でスケッチをした方がよかったなあと思ったりした。

メルニック城あたりの風景
皆さんは古城を見学しているがあまりに帰ってくるのが遅いのでその辺りの風景をスケッチした。何とも美しい風景である。


プラハ 旧市民広場 090928 
プラハ市民にとってどうだか分からないが、少なくとも観光客にとってのプラハの中心はこの旧市民広場じゃあないかと思う。また、過っての様々な事件の舞台のここだったのではないかとおもわせる広場だ。こういう歴史が刻まれた広場はやはり素晴らしいしうらやましい。この辺りのスケッチは今からたくさん登場することになる。正面がの塔がティーン聖母教会だ


プラハ カレル橋 090929
中欧旅行最後の日9月29日はSさんと一緒に1日中スケッチ三昧ということになる。F5サイズの紙に座って描くことに決める。まずはカレル橋からスタートし旧市民広場、路地との順だった。この絵は28日にも描いたが少し丁寧にという気持ちで描くことにしたのだが・・・。

旧市街広場で ティーン聖母教会方面を
カレル橋から引き返しまずは旧市街広場から何枚か描くことにした。この絵は広場の北側に位置する聖ミクラーシュ教会のところから東側に位置するティーン聖母教会の方を向いて描いた。

プラハ 旧市街広場で 旧市庁舎方面を
ティ−ン聖母教会あたりから西側を見ると旧市庁舎の時計塔がみえる。鐘がなり人形が出てくる時間になるとそのあたりはたくさんの観光客で埋まる。

プラハ中心部地図
この地図の左側(西側)にある橋がヴルタヴァ川に架かるカレル橋。地図の中心の黒い部分が旧市民広場。右端中央部にあるのが市民会館だ。2人がスケッチしたところはほぼこの辺りに限られている。

プラハ 旧市民広場時計塔附近から東方面を
時計塔で鐘がなり人形が出てくるときになると観光客が集まってくる。また、鐘がなるとハトは訓練されているかのように飛び立つ。また、このアングルが最も写真や絵やハガキになっているようだ。

プラハ ティーン聖母教会を望む
プラハでの最後の昼食はガイドさんに教えてもらった市民会館地下のレストランで食べることにした。食前酒がでて野豚を焼いたなかなかうまい肉をワインとともに食べ、食後酒もでてなかなか安くて美味かった。昼からは路地を描こうということでメイン通から少し外れた道を通ることにした。正面の塔がティーン聖母教会。
この絵は悠彩会展に出したがそのときはマットの関係でかなりトリミングしたものだが実際にはこの絵よりももう少し広い範囲を描いている。

プラハ ティーン聖母教会を望む-2
この日はSさんと一緒にスケッチした。このときは僕の方が少し早く描いたので、昨日の絵の位置から少し右に移動してもう1枚描いたもの。
旧市街広場附近からカレル橋に通じる路地にて
次は旧市街広場からカレル橋通じる通りを中心に描くことにした。この辺りはプラハ城ーカレル橋ー旧市街広場ルートでおみやげ屋がたくさん並び、人通りも沢山いるところに椅子を取り出して描いた。




旧市街広場附近からカレル橋に通じる路地にて-2
いよいよ中欧旅行スケッチも終りが近くなった。この絵は最後から2枚目のの絵ということになる。
この旅行は団体旅行だったのでゆっくりと描けなかったが、知らない街で雑踏の中に座り込んで描いたり、立ったまま一気に描いたり、とにかく絵を描くことに集中できたのは楽しいことだった。この楽しさが、また行ってみたいなあと思う気持ちをまたかりたてるものだ。


カレル橋、プラハ城方面を望む
この絵が最後の絵ということになる。カレル橋のスメタナ博物館の南側のカフェのテラスで描いたものだ。夕方になり風が強い中だったが、最後にふさわしいアングルから描けて、お互いに良かったなと言いながら引き上げた。
9月29日、最後の夕食はホテルでカップラーメンとみそ汁だったが、なかなか美味かった。

帰国時の待合室で

帰国時の待合室、飛行機の中で
ないしょばなしに書いたこと
● 添乗員
今回の旅行参加者はおおむね高齢の夫婦や女友達同士など36名もの参加だ。こんなにたくさんの方々を一緒だったのははじめてのこと、どうなることだろうと思ったりしていた。
しかし、年も年ということもあって海外旅行に慣れた人も多いようで、皆さん元気に無事帰ってこられたが、添乗員のおかげがあったのではないかと思ったりもした。
これだけの人たちをコントロールする添乗員さんはすごいなあと感心もした。
10年選手のベテラン添乗員さんとのことだが、実に責任感が強くしっかりした人だった。例えば、自由時間の時はホテルから中心部に何度か行き、自由行動の人を連れ帰ることまでしておられた。結構わがままな人もおられたことだろうし、とにもかくにも添乗員という仕事は大変だなあとつくづく思った。
● ポケット
旅行用に着たジャケットには8つのポケット、ズボンにも6つのポケット、シャツにもポケットとある。パスポートからお金、カード、鉛筆・コンテ・ボールペン・摩筆・消しゴム・カッターなどすべて身につけられてポケットはなかなか便利である。
最終日の晩、Sさんがお金やカードや運転免許証を入れていた財布がいくら探してもないということで、カードの紛失届出先を添乗員に依頼電話するという事件があった。結局はすべてちゃんとあったわけだが、疲れとともに、これもポケットが多いために起こったことだ。
僕は消しゴムはいくつかのポケットに入れていて容易に取り出せるようにしていたが、カッターやコンテ、摩筆などどこにあるか何度も探すことになりイライラすることになった。
ちゃんと入れておくポケットを決めておけばよいものをついつい適当に入れるために起こったことだが、ポケットの多いのも便利のようで便利でない。

● ポケットの中の1枚の絵はがき
右の絵は安野光雅さんが「わが心の旅」をベースにかかれた「カザルスの海へ」(NHK出版)の中に載っているスケッチの1枚だ。
以前買ったこの絵の絵はがきをポケットに忍ばせて出かけた。
鉛筆に影を水彩1色で仕上げたもので、僕の大好きな絵の1枚だ。
今回の旅行はさほど時間があるわけではないし、こういう描き方がいいなと思い、悩んだらこの絵をみようと思っていた。
旅行の途中でみたわけではないが、今日載せたウィーンの絵を描いているときもちょっと思い出した。今から着色するのだがこんな調子で1,2枚は仕上げてみようかと思ったりしている。
本の中で『気がついてみたら、スケッチの一部始終を見ていたらしい女の人がいて、最後に「とても上手ですね」と言ってくれた』と書いておられる。きっと安野さんもお気に入りの1枚なのかもしれない。

● 教会
今回の旅行では地元ガイドの方が街を案内する。しかし、街案内の中心は街ではなく教会だ。また、教会の中で長々とした説明があり、結構うんざりした。
個人旅行の場合は教会は中に入ってもステンドグラスをちょっと見てみたり、街歩きの途中での休憩場所だったりするだけだが、団体旅行の場合は違う。
団体旅行というのは修学旅行と同じだと思う。
団体旅行は寺院や名所旧跡をみる旅行であって街を歩く旅行ではない。京都や奈良への修学旅行の場合、必ずお寺や神社が中心であり、街の空気を感じながらぶらぶらと歩きちょっと店に立ち寄ったりのんびり座り込むようなことはしないのと同じだ。修学旅行の時、お寺や神社の歴史などを事前にちゃんと勉強していないと説明も面白くないのと同じように、教会の中で丁寧に説明されても退屈するばかりだ。

● 鶴
添乗員の話ではホテルや飲食店ではチップを置いておいた方がよいとのことだ。ホテルなどのサービス業にたずさわる人たちの給与は日本などと比べ少なく、チップに頼っているとのこと。
いつものことだが折り紙を持って行き、鶴をおってチップと一緒に枕元において置くことにしている。折り紙は京都などに行ったとき買った日本らしい模様のものを使っている。
お礼の気持ちをお金だけではどうもあらわせないのではないかと思ってのことだが、実際にはチップの額を多くした方が喜ばれるのかもしれない。
最後の日には、残ったカップヌードルやお粥なども置いておいたが、これらは喜ばれるのか、失礼なことなのかよくわからない。ただ、インスタントみそ汁だけは理解不能な味ではないかと思い、ゴミ箱に捨ててきた。

● ビデ
今回はブダベスト、ウィーン、プラハのホテルに泊まった。いずれのホテルも都心部から離れた郊外のホテルで、3ツ星1カ所と4ツ星2ヶ所だった。
僕はメジャーを持って行き、寸法を測り、ホテルのプランを描いている。
今までも同じようなレベルのホテルに泊まったが、部屋には必ずレター用紙あり、それに描くのを常としているが、残念ながら今回のどのホテルにもおいていなかった。
また、フランスから南の国のバスルームには必ずと言ってよいほどビデがどのホテルにもなかった。やはり北の国なんだなあと思ったりした。
ふと、2年前に行ったアフリカ・エジプトではどうだったかなあと思い、描いたプランを調べてみると、1ヶ所のホテルでビデを描きこんでいるから、南ヨーロッパからの観光客が多いか影響を受けているのかもしれない。