車中人間スケッチのススメ
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■ サラリーマンは毎日電車に乗る。しかし、電車に乗っている時は本を読むか寝ているか、いずれにしろ閑である。目を開けて向かいの人を観察していると、なかなか面白い。顔が面白かったり、服装が面白かったり、しぐさが面白かったり、とにかく面白い。
特に老人と若者は面白い。老人は顔の皺というか年期が顔に出ているのがいい。若者は、顔は面白くないが服装が面白い。サラリーマンでも疲れきった男は哀れでもあり面白くもある。美人に出会うとドキドキもする。

 電車に乗って観察していると、誰でもちょっと描いてみたくなる人に出会うものである。できれば写真を撮りたいと思ったりする人に出会うこともある。


「日本の風景」のところに付録として「人間スケッチアルバム」を掲載していますので御笑覧ください。

■車中人間スケッチのススメ

 サラリーマンは毎日電車に乗る。しかし、電車に乗っている時は本を読むか寝ているか、いずれにしろ閑である。目を開けて向かいの人を観察していると、なかなか面白い。顔が面白かったり、服装が面白かったり、しぐさが面白かったり、とにかく面白い。
特に老人と若者は面白い。老人は顔の皺というか年期が顔に出ているのがいい。若者は、顔は面白くないが服装が面白い。サラリーマンでも疲れきった男は哀れでもあり面白くもある。美人に出会うとドキドキもする。

 電車に乗って観察していると、誰でもちょっと描いてみたくなる人に出会うものである。できれば写真を撮りたいと思ったりする人に出会うこともある。しかし、みんな描きたいと思うことはあるが、描くことはしない。

 描くにはちょっと勇気がいる。
描いていることがばれてしまわないかと思う。しかし、一度描いてみればわかることだが、誰も他人のしていることなど気にしていない。特に、大阪や東京などの大都市では、他人のことはまったく気にしない。気にしていては生きてゆけない。それが良いことなのか悪いことなのかわからないが、人物に興味のある人にとってはいい環境だ。(「人物」と書いて思ったことだが「人物画」というのは人を生きた人として描かずに人を物として描くことかと思った。だから芸術用語はだめである。)

  描き始めた当初は、市販の文庫本サイズの白地ノートを利用していたが、どうもいいものがない。そこで自家製ノートを注文し、今はそれを使っている。表紙のタイトルは「閑潰画楽多帳」とつけている。1年間で約40冊、約4千人も描いてしまった。一日平均10人。単に電車の中で描くだけでなく、夜、家に帰って服装の色とかを思い出しつつ着色する。時にはその日の新聞ニュースを切貼りしたり、出会った人の印象メモを入れる。 絵日記のようなものである。この周りの嗜好は、各人の好みが入るので自由に考えて自分らしさをだした方が面白い。僕は、今流行の教訓的というか形式ばった絵手紙風のものが嫌いだ。
 さて、描くとなるといくつかのノウハウがいる。
初心者にとって安心して描くには次のことを心がけた方がいい。
 第一は座るポジショニングである。右左を気にしないため、一番端に座ることである。右か左か一方だけを隠して描けばよい。両サイドに気を配ると、対象を良く見ない。観察力を分散させることになる。

 第二は画用紙の大きさは文庫本サイズのものを選ぶこと。手帳にメモをしていると思わせることである。僕の場合はブックカバーをかけてカモフラージュしている。筆記用具はボールペン。メモでもしてる感じで。何時かテレビで、やはり電車の中で描いている人を取り上げて放送していたが、A4ノートくらいの大きさのものを使って、手を忙しく動かしていた。これでは相手にばれてしまう。上手くも描けないし相手に失礼である。

第三は、寝ている人、本を読んでいる人、を対象に描くことである。半分以上の人は寝ているか本を読んでいる。動かないし見られないし、好都合な対象だ。最初から正面を向いて目をぱっちり開けている人を描くのは、どきどきして落ち着かず、描けない。

第四は、できれば眼鏡をかけていた方がよい。僕は幸いなことに近眼のため眼鏡をかけている。描くためには対象とノートの間を目が移動する。これが気づかれる大きな要因である。相手には気づかれなくても周囲の人から変態と見られる。それは困る。とにかく相手は勿論、周辺の人にも迷惑をかけない、正常な覗きの心構えで描くことが大切である。

 最後に、たくさんの人を描こうと思ったら、特急とか快速などに乗らず、必ず各駅停車の電車に乗ること。 次々と違った人が描ける。早く着くとか時間が無駄とか考えないこと。大体、目的思考とか結果思考はよくない。楽しさはプロセス。

 描き方には特に方法はない。僕は最初に顔を描き、次に手を描き、それをつなげた形で体を描くことが多い。最初は頭ばかり大きくなってバランスが悪い。これは少し描いているとすぐに治る。手は難しい。手には表情があり、本当に難しい。手が体の一部としては非常に大きいことにも気がつく。しぐさが面白くて注意して描くが、何時までたっても上手くならない。
 スピードは一枚二、三分。電車一区間の時間が普通である。あまり長く対象を見ていると気づかれるし線の勢いもなくなる。酔っ払ってる時に描いたものの方が勢いがあって面白いのができる。

● 癖になると電車の中といわず、駅でも図書館でも、公園でも、喫茶店でも、退屈な会議の時も描いている。なかなか面白いので一度試してみることをお勧めしたいが、電車の中で向かいの人も描いていると困る。

  こんなことはこっそりするものなので、あまりたくさんの人にはしてほしくない(「スケッチのススメ 閑潰画楽多帳」より)